身上部

医学研究所
概要

 医学研究所の設置は、公益財団法人「天理よろづ相談所(憩の家)」がその目的を達成するために第一に掲げた事業です。その目的として次のように述べられています。「医学技術の向上のための研究及びその成果の普及並びに医療従事者の養成などを行い疾病に伴う諸問題の指導解決に寄与し、以って国の内外における人間の保健及び福祉を増進することを目的とする」。即ち、ここに働く医師その他の医療従事者は、憩の家を訪れる患者さんに最高の医療を施すだけでは十分といえません。ここで開発した新しい知見や技術を世界に向かって発信して、人類の健康増進と疾患の克服に寄与することが求められています。

 医学研究所は以下の部門から構成されています。

 

病理部門(南病棟6階)

 昭和43年3月に、当時京都大学第二病理学教室の助手であった山邉博彦先生が、当院からの病理医派遣の依頼に応えて、医学研究所の初めての常勤の研究員・病理医として赴任されたのを端緒としています。その後、病理医だけでなく技師スタッフも整備され、現在は病理専門医3人、細胞検査士4人を含む病理担当の臨床検査技師11人、事務および助手4人と、病院の病理診断部門としては比較的充実した陣容となっています。

 当初から年間剖検数約100、外科病理検体2,500以上と多く、最盛期には年間剖検数約180〜200、外科病理検体8,000~9,000とかなりの検体数でありました。現在、外科病理検体数は9,000前後、細胞診件数15,000前後と変動はありませんが、医療環境の変化もあり年間剖検数は30~50と減少しています。

 山邉博彦先生は昭和55年に新設の京都大学医学部附属病院病理部の助教授に就任され、平成7年には国立大学では初めての病理部の教授に就任されました。当施設の後を継いだ市島國雄先生も平成5年に奈良県立医科大学の病理部教授に就かれましたが、現在も京都大学医学部病理診断部第3代教授の羽賀博典先生をはじめとして、当病理部で学ばれた多くの先生が、各大学あるいは病院の病理診断部門で活躍されています。

 当院でも平成25年に病理診断部が新設され、天理よろづ相談所医学研究所・病理診断部として外科病理診断、細胞診および剖検などの病理診断業務を行っています。

 

染色体分析部門(南病棟7階 第7研究室)

 白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍では、腫瘍特異的な染色体異常が認められます。最も代表的な慢性骨髄性白血病(CML)では、9番染色体のq34バンド(ABL遺伝子)と22番染色体のq11.2バンド(BCR遺伝子)の間で染色体転座〔t(9;22)(q34;q11.2)転座〕が生じ、その結果BCR-ABL融合遺伝子が形成され、BCR-ABLキメラ蛋白がコードされます。BCR-ABLキメラ蛋白は強いチロシンキナーゼ活性を有し、細胞内で下流のシグナル伝達を活性化することによってCML発生に至ります。

 染色体分析部門では、Gバンディング分染法と、多くのプローブを用いたFISH法を駆使して造血器腫瘍の染色体異常を解析しています。疾患や病型に特異的な異常が検出できれば直ちに診断が確定します。CMLでは、ABLとBCRを別々の蛍光色素でラベルしたプローブを用いてFISH法を行うと、BCR-ABL融合シグナルを蛍光顕微鏡下で検出することができます。染色体・FISH解析は、造血器腫瘍の診断に欠かすことのできない検査法です。

 

遺伝子解析部門(南病棟7階 第3・4研究室)

 正常細胞では異なる染色体上に位置している2つの遺伝子が、白血病細胞では染色体転座や逆位によって互いに近接し融合遺伝子を形成します。融合遺伝子から2つの遺伝子の遺伝情報をもつ融合mRNAが転写され、キメラ蛋白に翻訳されます。キメラ蛋白は、BCR-ABLのように細胞内のシグナル伝達を活性化したり、正常の遺伝子の発現調節をブロックしたりして白血病発生に重要な役割を果たしています。このような融合遺伝子から転写されるmRNAは、2つの遺伝子に相補的なプライマーを用いたreverse transcriptase(RT)-PCRによって検出することができます。特異的なPCR産物が得られれば直ちに白血病の病型が確定します。

 さらに、融合遺伝子のmRNAを定量することによって治療効果の判定を行うこともできます。遺伝子解析部門では、PCR増幅器、電気泳動・ゲル撮影装置、リアルタイムPCR増幅器、キャピラリーシークエンサーなどの機器を備え、白血病の遺伝子診断を実施しています。

 

細胞分析・フローサイトメトリー部門(南病棟7階 第6研究室)

 造血器腫瘍は、骨髄球系、単球系、リンパ球系(T細胞、B細胞、NK細胞)などに分類されますが、細胞表面にそれぞれの系統や分化段階に特異的な抗原を発現しています。フローサイトメトリー検査は、特異抗原に対する種々のモノクローナル抗体を用いて抗原の発現パターンを解析し、腫瘍細胞の帰属を決定します。一方、気管支肺胞洗浄液中におけるCD4/CD8リンパ球比、HIV感染者のCD4陽性細胞数、発作性夜間血色素症のアンカー蛋白欠損、腫瘍細胞のDNA異数性などもフローサイトメトリーで解析することができます。細胞分析・フローサイトメトリー部門では多数のモノクローナル抗体を常備し、Beckman Coulter社のNAVIOSフローサイトメーターを用いた高速・高感度のマルチレーザー・マルチカラー解析を行っています。

 

電子顕微鏡部門(南病棟7階 電子顕微鏡室)

 電子顕微鏡部門には、日本電子(JEOL)の透過型電子顕微鏡(transmission electron microscope; TEM)JEM-1200EXが設置されています。電子顕微鏡は、光より波長の短い電子線を光源とするので、光学顕微鏡では見ることのできない微細な構造を明らかにすることができます。当部門では、腎臓、心筋、骨格筋、末梢神経等の生検材料や血液細胞の微細構造を観察しています。担当者は日本顕微鏡学会の電子顕微鏡一級技師の資格を有しています。

 

細胞培養・造血幹細胞移植支援部門(南病棟7階 第5研究室)

 通常の化学療法では治癒が期待できない造血器腫瘍(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫)の患者さんに対して、自家幹細胞移植を併用した大量化学療法や、同種造血幹細胞移植(移植片は骨髄、動員末梢血幹細胞、臍帯血の3種類)が行われます。重症再生不良性貧血の患者さんも同種造血幹細胞移植の対象になります。医学研究所は、フローサイトメトリーによるCD34陽性造血幹細胞の評価、自家・同種造血幹細胞の凍結保存・融解処理、同種移植片の生着を確認するキメリズム解析などを担当し、造血幹細胞移植治療を支援しています。

 

生物統計部門(南病棟7階 第1研究室)

 生物統計部門は、研究成果の統計処理にアドバイスをしたり、学会・論文発表や学会開催などを支援したりしています。これまで支援した全国規模の学会は、日本診療録管理学会、日本胎児心臓病研究会、日本超音波検査学会、日本脊椎関節炎研究会、日本染色体遺伝子検査学会、日本小児難治喘息・アレルギー学会、日本側彎症学会などです。コンピュータ関連機器やソフトウェアは日進月歩の状態です。当部門では生物統計に関する重要なテーマを選び、医師や病院職員を対象とした講習会を開催しています。

 

天理医学紀要編集部(南病棟7階 第2研究室)

 天理医学紀要(英文名:Tenri Medical Bulletin)は、天理よろづ相談所病院および同医学研究所の機関誌として1998年(平成10年)に創刊され、2020年(令和2年)には第23巻を発刊しました。本誌は当初からpeer review systemを採用し、関係分野のエキスパートの査読を経た質の高い基礎的・臨床的研究論文を数多く掲載してきました。その結果、2007年(平成19年)からBritish Library(大英図書館)の定期購読誌に選定され、2013年(平成25年)から科学技術振興機構(JST)が運営する電子ジャーナル共同利用センターJ-STAGE(日本語、英語)に登載されました。本誌は、天理よろづ相談所病院・医学研究所の関係者だけでなく、医学・医療に関わるすべての研究者・医療者から論文を募集しています。

ページの先頭へ