医学研究所の設置は、公益財団法人「天理よろづ相談所(憩の家)」がその目的を達成するために第一に掲げた事業です。その目的として次のように述べられています。「医学技術の向上のための研究及びその成果の普及並びに医療従事者の養成などを行い疾病に伴う諸問題の指導解決に寄与し、以って国の内外における人間の保健及び福祉を増進することを目的とする」。即ち、ここに働く医師その他の医療従事者は、憩の家を訪れる患者さんに最高の医療を施すだけでは十分といえません。ここで開発した新しい知見や技術を世界に向かって発信して、人類の健康増進と疾患の克服に寄与することが求められています。 医学研究所は以下の部門から構成されています。 病理診断部(南病棟6階) 患者さんから採取された検体を用いて病気の診断、病態の把握を行うための病理診断を担う部署です。昭和43年3月に、当時京都大学第二病理学教室の山邉博彦先生が当院からの病理医派遣の依頼に応え、医学研究所で初めて常勤の研究員・病理医として赴任されたのを端緒としています。その後当院でも平成25年に病理診断部が新設され、病理診断業務を行っています。 組織診断 生検では病変から通常小さな組織を採取して、病変が良性か悪性かなどを調べます。 手術標本では外科手術で採取された組織から適切な部分を標本とし、病変の診断を行います。腫瘍ならば良悪性、進行度、取り切れたかどうかを調べ、治療のために必要な追加検査などを行います。 手術中にリンパ節に転移があるのか、腫瘍が取り切れているのか(断端の検査)などを調べる術中迅速診断も必要に応じて行っています。 細胞診 尿や喀痰などの自然に排出されたもの、子宮などから擦過して取れたもの、乳腺やリンパ節などから針で吸引して得られたものなどに含まれる細胞を標本として、病変の有無を調べます。組織診断に比べて患者さんの身体的負担が少なく、少ない費用で行える検査です。この検査で組織診断などの精密検査がさらに必要かどうかを判断します。 病理解剖 ご家族の承諾を頂けた場合には、解剖を行うことがあります。全身を詳細に調べ、病態の把握、死亡に至った原因の検討などを行い、次の医療へつなげることを目標としています。 近年の診断実績 年(1-12月) 組織診(件) うち術中迅速診断 細胞診(件) 病理解剖(件) 2024 9,373 396 6,922 13 2023 9,141 333 7,571 15 2022 9,324 370 8,398 10 2021 9,280 398 9,007 19 2020 8,239 372 8,630 20 染色体分析部門(南病棟7階 第7研究室) 白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍では、腫瘍特異的な染色体異常が認められます。最も代表的な慢性骨髄性白血病(CML)では、9番染色体のq34バンド(ABL遺伝子)と22番染色体のq11.2バンド(BCR遺伝子)の間で染色体転座〔t(9;22)(q34;q11.2)転座〕が生じ、その結果BCR-ABL融合遺伝子が形成され、BCR-ABLキメラ蛋白がコードされます。BCR-ABLキメラ蛋白は強いチロシンキナーゼ活性を有し、細胞内で下流のシグナル伝達を活性化することによってCML発生に至ります。 染色体分析部門では、Gバンディング分染法と、多くのプローブを用いたFISH法を駆使して造血器腫瘍の染色体異常を解析しています。疾患や病型に特異的な異常が検出できれば直ちに診断が確定します。CMLでは、ABLとBCRを別々の蛍光色素でラベルしたプローブを用いてFISH法を行うと、BCR-ABL融合シグナルを蛍光顕微鏡下で検出することができます。染色体・FISH解析は、造血器腫瘍の診断に欠かすことのできない検査法です。 遺伝子解析部門(南病棟7階 第3・4研究室) 正常細胞では異なる染色体上に位置している2つの遺伝子が、白血病細胞では染色体転座や逆位によって互いに近接し融合遺伝子を形成します。融合遺伝子から2つの遺伝子の遺伝情報をもつ融合mRNAが転写され、キメラ蛋白に翻訳されます。キメラ蛋白は、BCR-ABLのように細胞内のシグナル伝達を活性化したり、正常の遺伝子の発現調節をブロックしたりして白血病発生に重要な役割を果たしています。このような融合遺伝子から転写されるmRNAは、2つの遺伝子に相補的なプライマーを用いたreverse transcriptase(RT)-PCRによって検出することができます。特異的なPCR産物が得られれば直ちに白血病の病型が確定します。 さらに、融合遺伝子のmRNAを定量することによって治療効果の判定を行うこともできます。遺伝子解析部門では、PCR増幅器、電気泳動・ゲル撮影装置、リアルタイムPCR増幅器、キャピラリーシークエンサーなどの機器を備え、白血病の遺伝子診断を実施しています。 細胞分析・フローサイトメトリー部門(南病棟7階 第6研究室) フローサイトメトリー(FCM)検査は、造血器腫瘍の診断、呼吸器疾患・ウイルス感染症・免疫療法の評価などにおけるリンパ球サブセット、発作性夜間ヘモグロビン尿症におけるGPIアンカー蛋白の欠損、幹細胞移植における幹細胞数の算定、腫瘍細胞のDNA異数性の確認などに利用されています。対象とするのは造血系細胞で、骨髄球系、単球系、赤芽球系、巨核球系(血小板)、リンパ球系(T細胞、B細胞、NK細胞)に分類されますが、これらは細胞表面にそれぞれの系統や分化段階に特異的な抗原を発現しています。FCM検査では、特異抗原に対する種々の蛍光標識抗体を用いて抗原の発現パターンを解析し、細胞の帰属や腫瘍性とその割合を判定します。検査材料は、血液、骨髄、髄液、胸水、腹水、気管支洗浄液、尿、リンパ節など浮遊状態の細胞が回収できるものが対象となり、形態学的に鑑別が困難な細胞の同定や、非常に少ない数の異常細胞を捉えることができます。細胞分析・フローサイトメトリー部門では多数の抗体を常備し、Beckman Coulter社の次世代クリニカルフローサイトメーター DxFLEXを用いた高速・高感度のマルチレーザー・マルチカラー解析を行っています。 細胞培養・造血幹細胞移植支援部門(南病棟7階 第5研究室) 通常の化学療法では治癒が期待できない造血器腫瘍(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫)の患者さんに対して、自家幹細胞移植を併用した大量化学療法や、同種造血幹細胞移植(移植片は骨髄、動員末梢血幹細胞、臍帯血の3種類)が行われます。重症再生不良性貧血の患者さんも同種造血幹細胞移植の対象になります。医学研究所は、フローサイトメトリーによるCD34陽性造血幹細胞の評価、自家・同種造血幹細胞の凍結保存・融解処理、同種移植片の生着を確認するキメリズム解析などを担当し、造血幹細胞移植治療を支援しています。 生物統計部門(南病棟7階 第1研究室) 生物統計部門は、研究成果の統計処理にアドバイスをしたり、学会・論文発表や学会開催などを支援したりしています。これまで支援した全国規模の学会は、日本診療録管理学会、日本胎児心臓病研究会、日本超音波検査学会、日本脊椎関節炎研究会、日本染色体遺伝子検査学会、日本小児難治喘息・アレルギー学会、日本側彎症学会などです。コンピュータ関連機器やソフトウェアは日進月歩の状態です。当部門では生物統計に関する重要なテーマを選び、医師や病院職員を対象とした講習会を開催しています。 天理医学紀要編集部(南病棟7階 第2研究室) 天理医学紀要(英文名:Tenri Medical Bulletin)は、天理よろづ相談所病院および同医学研究所の機関誌として1998年(平成10年)に創刊され、2024年(令和6年)には第27巻を発刊しました。本誌は当初からpeer review systemを採用し、関係分野のエキスパートの査読を経た質の高い基礎的・臨床的研究論文を数多く掲載してきました。その結果、2007年(平成19年)からBritish Library(大英図書館)の定期購読誌に選定され、2013年(平成25年)から科学技術振興機構(JST)が運営する電子ジャーナル共同利用センターJ-STAGE(日本語、英語)に登載されました。本誌は、天理よろづ相談所病院・医学研究所の関係者だけでなく、医学・医療に関わるすべての研究者・医療者から論文を募集しています。 English : https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tenrikiyo Japanese : https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tenrikiyo/-char/ja/