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創設の理念

開所式に於ける二代真柱様お話

昭和41年4月1日

 本日、憩の家の披露をさして頂くに当たりまして、高松宮、同妃両殿下の御台臨を初め、多数の皆様方のお忙しい中、御参集を頂きましたことは、誠に私の身に余る光栄と存ずる次第でございます。厚く御礼を申します。
 この席を借りまして、この機会に、私の心に当たります点、私の信念と申しますか、の点を一、二、御披露に及んで挨拶とさして頂きます。
 元来、この普請を思い立ちましたに就きましては、約十年前に遡りまして、教祖の七十年祭の折、東棟の披露を致しました節、高松宮殿下より御注意を頂いたのでございます。教育ということもさることながら、患っておる人のための家を、考えに入れてはいかがか、というお教(おしえ)であったのでございます。私は、この宮様のお言葉に、はっと胸打たれるものを感じ、これは私が誤っておった、この殿下のお言葉のように、我々の手の付けるべきものの順序を間違えたのではないか、ということを感じたのでございます。しかし、その時には、どうすることも出来ませんでしたので、十年後の今日に於て、宮様の御発意を頂きました、患っている人の家を設けるに相至ったのでございます。
 よく思案さして頂きますに、私達の信仰に入ってくる過程には、いろいろな人もございますが、多くは身上におていれを頂き、それをてびきとして信仰に入られた方が多いのであります。言わば、信仰の順序と致しましたならば、患っておったという機会を持っておる人、それから、それを御守護頂いたという経験の持っておる人、これが、先ず信仰を始める初歩であると見てもよいのであります。
 この順序に従いまして、言わば、別席を主に致しました、教理の仕込みを先にすることに致しました東棟を、第一に造りましたことは、入信の動機は第二に廻して、そして信仰を固める方に向かったという結果に相成りますので、理論上は非常によいと思ったことが、順序上、どうも前後してしまったことを、私は後悔したのであります。
 その意味に於きましては、私は、この八十年祭を迎えるに当たり、患っている人の憩の家を建てることが、信仰の順序の上から言っても、遅ればせながら、当然であるという結論に達して、この建設に踏み切ったのでございます。
 建築中は、建築関係の竹中工務店の方々、或はその他の方々の御協力により、一面、全教内の支持とひのきしんの奉仕によって、予定通り完成することのできました今日、確かに、私は、私一人の喜びではないのでありますが、喜びの声を大に致したいと思う次第であります。
 由来、私の方の設備と致しまして、よろづ相談所というものを設けておったのであります。これは医療によって人々を救けるという一つの事業であったと共に、又、事情によって苦しむ人に指示を与えるというような意欲を持っておったのでありますが、三十年前のその施設は、その当時に於てはともかく、今日に於ては、既に不十分なものと相成っておりまして、憩の家は、その前療養所等を引き継ぐ、改めたものと相成ってまいった訳でございます。
 御承知のように、私達の信仰の中には、医薬を軽んずる傾向があったのであります。しかしながら、これは、敢えて申しますならば、信仰ということを強調するの余り、その違った面を軽視するというような、短見な誤りを犯しておったということを、私は敢えて申したいのでございます。と、申しますのは、教祖のお言葉の中に、医者も薬も用いてはならないというようなことは、一切仰言ってはおらず、むしろ、医者の手余りを救けるのが、私達の望みであるという意味のことを強調しておられるのであります。
 御承知のように、私達の信仰の上から申しますと、私達のこの身体は、かりものであるとお教え頂いております。親神から貸して頂いているものであるとお教え頂いておるのであります。そして、一面に於て、人のものを借りたならば利がいるのであるから、これを大事にしろということをお教え下されておる。かりものを大事にしろ、これが教えの一つの問題であります。誰が借りておるか、という上に就きましては、心が借りておるんだ。心遣い一つが我がものであるというようなことをお教え頂いておるのであります。
 私達の、この人間の構造を分析致しますと、一つは心遣いであり、一つは身体、かりものの身体であるのであります。その守護の上に就いて、教祖は、薬や医者にかかってはならないということは一切仰言らずに、それよりもっと深い、心の養成ということに力を致すことを強調しておられるのであります。かりものを大切にする、その上に就いての問題と致しましても、医者や薬という上に就きましても、こういうようなお歌があるのでございます。九号のお歌の中に、

 この事をしらしたいからたん/\と
 しゆりやこゑにいしやくすりを     (九 11)

という意味でございます。修理や肥に医者や薬。これは、修理や肥、田の修理、或は田の施料、その意味、肥を置くお話でございますが、と同じように、かりものの人間の身体に修理をし、そして肥を置くのが、医者や薬の役割であるということを、お教え下されておるのであります。
  一面に於て、心の持ち方を練るのが、私達の信仰の根本ではありますが、一面に於てかりものを大切にする上から、能う限りの我々の力によって、その修理をし、それに肥を置く、そして立派に陽気ぐらしを味わえる人間と成人していくということが、お望みであったのであります。
  そのことを思案致します時に、従来の我々の考え方から致しますならば、この修理や肥に対する関心が薄かったように感じておるのでございまして、この場合、八十年祭を期して、この憩の家を造ることによって、その面をも加えて、陽気ぐらしへの歩調を進めてまいりたいと、かように思うのであります。
  陽気ぐらしと申しますのは、いわゆる人間の理想的な境遇であって、降っても照っても愉快である。富んでも貧をしても愉快である。成って来る理が、常に喜びを以て置き換えて暮らし得るような境地を意味するのであります。さような心根を拵える信仰の上に於て、かりものに修理や肥を、医療的にしっかり施して頂きますならば、気障な言葉かも知れませんが、私は、陽気ぐらしへ向かう人生に、鬼に金棒となる結果を来たすのではないかと、かように思案しておる次第でございます。
 第二に、私は、もう一つ、これは甚だ異なようにお考えになるかも知れませんが、この家の名前を「憩の家」という名前に致したことでございます。
  これに就きましては、勿論、単なる名称であって、法的の病院の施設に合致していくものではございますが、しかし、病院という言葉は何となく病気のある家、患っておる家というような響きを、少し暗い響きを、私は受けるのでございます。病気の家、勿論、医術を、医療を研究される意味に於て、それの材料となるところの、材料の倉庫である、というような考えを以てみますならば、たしかに病院という言葉も結構であるとは思うのではありますが、しかしながら、これに入院するところの人々の気持は、どっちかと申しますと、そこで身上を健かに治療して頂いて、病から縁を切りたいという希望の下にお入りになるのであります。患うための家ではなくて、病から治療を受けるための家、それを病院という名前で言い習わしてまいりましたことは、それに就いては何も申したくはありませんが、何となく陰惨な気が致しまして、もっと明るい、希望の持てる名前はないだろうか、かように考えて、「憩の家」という名前を付けたのでございます。
 我々の教から申しますと、病気というものは、人間のかりものに何らかの注意を与えろという、そのおてびきの上から、身上、いわゆる身体の上にお見せになる変化であると聞かして頂いております。
 言わば、ある働き勝手な、お前は少し働き過ぎたから休養せよというような意味に、病気を解釈致しました時に、ここに憩の家の意味が出て来るのであります。そのていれには、いろいろな病名でついて来るでありましょうが、病名は問題であるのではなくて、その病気を除去することが、この家の問題であり、医者や薬、お医者達にお願い致します人体修理の意味であり、そして薬の役割を意味するものではないかと思うのであります。
 勿論、大学病院のような目的の違ったもの、医者の養成という機関の場合とは、多少事変わりまして、患者にこの場に来て頂いて、救かった陽気ぐらしを喜ぶ意味を味わって頂きたいというような意味から言うと、どうも私は、病院と呼びたくはなくなったので、甚だこれは、我流の解釈かは存じませんが、「憩の家」と呼ばして頂くことに致したのであります。   そして、一般の治療機関のように、ここに於て、入って来られた方のかりものを、医術的に修理して頂くと共に、又他面、事情部というものを設けまして、心の悩みをも除去するということに、心を置いたのであります。平たい言葉で申しますならば、心身共の治療をすることによって、心身共に修理することによって、そして他日の明るい陽気ぐらしを、しっかりとこの場で喜んで頂きたいというのが、私の念願なのであります。
 身上部、事情部、そして世話部というのもございますが、世話部というのは、病後の世話も一切さして頂きたい、或は職業の上に就いての選択も御相談に応じたい、そういうような意味のことを、職業の上の相談役にもなりたい。これが一面、よろづ相談所という名前をつけました三十年前の主旨であったのでございます。
 かくて、今日、この西棟の二つの棟を憩の家として、患っておる人達の保養の場所と致し、修理の場所と致したのでありますが、一つお願い致したいことは、関係して頂きますお医者様、或はその他の従業員の方に就きまして、どうか、患っておる者は、気が弱くなっておるのでございますから、能う限り親切に扱って頂きたいと思うことであります。
 今日も私の耳に入りました話でございますが、小さな話でございますが、ある産婦がある病院へ行った。ところが、あっちへ行けこっちへ行け、そこへ着物を脱げ、何とか言って、ぽんぽんと看護婦に扱われたので、気を暗くして帰って来たという話があるのでございます。
  そういうような例もございますので、ともかく、院長さん初め、看護婦さん、その他の従業員の諸君に至るまで、どうか、患者、いわゆるお客さんに対しては親切であってほしい。この家に集まって来られる方には、自分の出来る限りに於て、自分の喜びを伝える意味に於て、親切に扱って頂きたい。この親切を第一のモットーとして考えて頂きたいのであります。  甚だ勝手なことばかりをお願いするようなわけでございますが、この点を関係の皆さん方に厚くお願いする次第でございます。
  最後に、東の方の棟の一部を、心の訓練に当てるべく別席場として使うことを始めて十年になります。今、身上の修理に当たる西の棟、二棟が出来たのであります。東西呼応して、心身に肥を置くところの設備が、おやさとやかたの両面に出来たということは、私達の理想を一歩前進せしめたものと考えるのでございまして、その工事に当たりまして、いろいろ御協力頂きましたひのきしん始め各教会の方々、並びに工事に御協力頂きました竹中工務店の方々に、もう一度深甚なる敬意とお礼とを申しまして、私の挨拶を終ることに致します。 御清聴頂きまして有難うございました。

(真柱訓話集 第26巻より)

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